「懸魚」とは、屋根の切妻部分の頂点や、その下の傾斜した箇所に垂下させた、装飾性と雨除けの機能を兼ねた彫刻のことである。名称・実体とも中国からの直輸入であるが、何故か韓国建築には、基本的に「懸魚」は下がっていない。
「猪目懸魚」は、「猪の目」すなわち「心臓型(ハート型)」または「瓢箪猪の目」の彫刻をもった形式であり、比較的古いものといわれる。
垂下部分に「人字形」の段彫りが重なっているものを「蕪懸魚(かぶらげぎょ)」、下向きのほか左右にも同様の形が重なっているものを「三つ花懸魚」と呼ぶ。また「三つ花猪目懸魚」や「三つ花蕪懸魚」のように合わせ技のものもある。
中国では別名「垂魚」ともいい、魚の形をした作り物を屋根の端部に吊り下げる風習があり、雲南省に今も残っているらしい。魚は「水」を象徴していて「火除け」の意味をもつ。教王護国寺・東寺の慶賀門(鎌倉時代の建立)の「魚尾形懸魚(ぎょびけいげぎょ)」は、国内唯一の遺例であるが、まさに魚の形で渡来期の古い形式ともいわれている。(焼失した四天王寺にもあったらしい)
時代が降ると、「懸魚」の主体の両側に「鰭(ひれ)」と呼ばれる装飾が付き始める。また、桃山頃から輪郭に沿って平行線を刻みだす「覆輪(ふくりん)」と呼ばれる手法が流行する。(それまで薄板だったものが厚板になったことも影響している)
猪の目
「猪の目」とは、形状そのままに「心臓型(ハート型)」とも呼ばれる文様のこと。建物の「妻飾」の「懸魚」や錺金物の「六葉・八双」、巫女の持つ「神楽鈴」など、さまざまなところに見つけることができる。「猪の目」をずらして重ねたものを「瓢箪猪の目」と呼び、合せて用いられることも多い。
因みに、中国の陰陽五行では、十二支の猪(亥)は「水」の属性に当たる。また「瓢箪」も水の容器であることから、「火除け」のまじないに関わる文様と意識されていたものとも思える。
「心臓型(ハート型)」がなぜ「猪の目」なのかに定説はない。猪の眼の形というのは論外であろう。ある説によれば、「猪目懸魚」の形自体が正面から見た猪の顔に見え、その眼にあたる部分が、たまたま意匠的に「心臓型」をしていたことに由来するという。いかにももっともらしく聞こえるが、定説化はしていない。
ただ「蟇股」にも、眼・肩・脚・腸(はらわた)と呼ばれる部位があり、あながち奇説とも言い切れない。
豕扠首
水平の「敷桁(虹梁)」に「扠首竿」という左右二本の斜材(登梁)を合掌形に組み、その中央に「扠首束」を意匠上挿し込んだ形式のものをいい。実際には、「扠首組」の二等辺三角形でトラスは完結しており、「扠首束」には上部からの荷重はかからないところから「化粧束」ともいわれている。
この形式は、「妻飾」として古くから賞用されている。古代の形式をよく保存するといわれる住吉大社社殿や飛鳥時代系の法隆寺玉虫厨子に見られ、
法隆寺金堂も昭和の大修理の際に、同形式に復元されている。
「和様」の「妻飾」は、この「豕扠首式」と「虹梁蟇股」であるが、鎌倉時代に「禅宗様」が導入されてから後も、前者の形式のみはよく古来の質朴の風を残し変容せず今日まで伝っている。
「扠首」の項目で、法隆寺回廊の話を述べているが、飛鳥時代の古式の回廊には、北側のところで鎌倉時代に、凸字型とする改造が行われている。(回廊の北側の焼失によると伝わる)見学の際には、よく比較していただきたいが、「皿斗」「大斗」「虹梁」「扠首」とも、すべて飛鳥時代のものとは異なっている。なかでも重要なことは、「扠首」構造に「扠首束」が組み込まれ「豕扠首」となっている点である。鎌倉時代の大工には、すでに「飛鳥様式」がよく理解できなくなっていたことを示している。(「虹梁」も不要に太くしている)
余談である。何故「豕(いのこ)」の名が冠されているのだろうか、という素朴な疑問が残る。「豕」とは、オスの「イノブタ」のことで、豚の鼻先の形から連想した命名とも推測されるが、定かなこととはいえない。
一間社
神社本殿において身舎の正面柱間の数で何間社と呼ぶことが多く、柱間が一間のものを一間社という。春日造りの社殿の多くがこれに相当する。また、形式の古いものにみられる柱間が二間の二間社には、出雲大社と住吉大社の本殿がある。柱間が三間の三間社には、賀茂別雷神社本殿・日吉大社の東・西殿などがある。
板葺
木の板で屋根を葺くこと、または葺かれた屋根。杉・椹・栗などの赤味がちの部分が用いられる。柾割より水が浸透しにくい年輪沿いに引き割った板が使われる。形状寸法によりにより、厚さ3分~1寸・幅3~5寸・長さ2尺以内のとち板、厚さ1分(3mm)幅9cm長さ20~40cmのこけら板などがある。
板唐戸
扉の歴史は、軽量化と経済性を目標とした技術改良史でもあるといえる。飛鳥・奈良時代の扉は、重量があり、軸吊りでなければもたない。上部を「鼠走り」「楣」で、下部を「敷居(閾)」で吊り込んでいる。
法隆寺金堂の扉は、幅1m×高さ3m×厚み10cmの「一枚板戸」であるから、相当な大木から採られたものと想像される。幅広材の入手に難点があり、経済性を考慮し、後に板幅の狭い2枚以上のものを並べ、上下を「端喰(はしばみ)」という横材で継いだ「端喰入り戸(はしばみいりと、端喰戸)」が登場する。宇治上神社本殿のそれは、2枚板を矧ぎ、召合せに立派な「定規縁(じょうぎぶち)」を備えている。
これらが、いわゆる「板唐戸(いたからと)」と呼ばれる扉建具である。単に「板扉・板戸」ともいわれる。
石場建て
民家において礎石の上に直接柱を立てる工法。柱を直接地中に埋めて自立させる掘立て建てに対する語。礎石と接触する柱下端を石の合端という。現在の基準法では認められていないが、石と柱の摩擦力が有効に働く。
蟻壁
内法長押の上方に設けられる蟻壁長押と天井に挟まれた部分の丈の低い塗りこめた壁。天井の格縁や竿縁の位置が柱とずれる場合があるが,蟻壁を設けるとそのずれが目立たなくなる。