薬医門形式の山門正面
薬医門形式の山門正面
間口二・七メートルの薬医門形式で、切妻造本瓦葺とし、左右に潜付袖塀を付す。薬医門とは、本柱2本の後方に控柱2本を有する切妻破風造の近世を代表する門で、医者の家や寺院に多く見られる。急病人の搬送を妨げないために扉を付けなかった「医者の門」がその名の由来ともいわれている。
境内内部から山門を見る。
妻側から架構を見る。
控柱側の見上げ
控柱側の見上げ
控柱側の見上げ。山門には珍しく欅の天井板が貼られている。破損老朽化した折の門扉のスペアとして、天井に常備されている欅の1枚板。200年前の建立当時の門扉がまだ健在なので未使用の状態である。
冠木・男梁・三斗の架構
善龍寺山門と口縄坂
境内内の 口縄坂 海中出現地蔵
境内内の 口縄坂 海中出現地蔵
その昔、善龍寺一帯がまだ大阪湾の海底であった頃、その海中より光り輝くお地蔵さまが一人の漁師によって発見された。 爾来子安・難病守護あらたか成るを以て、口縄坂の「身代地蔵」として、信仰を集めている。
名称 善龍寺山門/ぜんりゅうじさんもん 所在地 大阪市天王寺区下寺町2-1-17 TEL/FAX 06-6779-9354(TEL)/06-7509-5182(FAX) HP E-mail 建築年代 1810/1969 移築 建物種別 宗教 構造 木造、瓦葺、間口2.7m、左右袖塀付 概要説明 文化7年(1810)8月に建立された総欅(けやき)造の豪壮な 薬医門。門扉は1mX2mの欅の1枚板で、スペアとして同じものが天井板として控えているのが珍しい。平成19年の瓦の葺替え工事の折、山門の小屋裏から立派な『棟札』が初めて発見され、200年振りに詳細が判明した。表には12世厚誉上人の代に、棟梁河内屋三右衛門の手により建立された事が鮮やかに墨書されていた。裏には「常然・無衰・無変」と未来永劫に護持される事を祈念する願文が記されていた。平成19年の秋、23世瑞誉悟朗代に檀信徒の協力の下、金剛組により屋根改修工事がなされた。それを墨書した『平成の棟札』が、建立時の棟札と共に小屋裏に収められた。次の100年後の屋根改修の折には、新旧の棟札が再び”タイムカプセル”として日の目を見ることになる。
文化財種別 国登録有形文化財 イベントリンク 見学 見学可能 備考 
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